苦学楽学塾

　パーソナル・コンピュータの走りは、NEC社が1976年に発売したTK-80というボード・マイコンです。メモリはROM(Read Only Memory)が1Kバイト、RAM(Random AccessMemory)は512バイトしかなく、インテル社8080CPU互換のNEC製μPD8080Aを搭載していました。CPUが理解する機械語の命令を直接16進キーボードから打ち込み、16進7桁のLEDに表示させて確認する、という代物でした。後に、BASICという言語を動作させる追加ボードTK-80BSが発売され、東大TSG(理論科学グループ)が作成した「平安京エイリアン」と言ったゲームアプリが制作され、日本のPC(当初は、マイクロ・コンピュータを略してマイコンと呼ばれていました。パーソナル・コンピュータを言われるようになったのは高機能化してからです)ブームに火が付きました。ちなみに、私は東大TSGのOBです。私が在籍していた頃は、部員僅か4名の明日にも潰れそうなサークルでした。

　機械語の命令、メモリ・アドレス(番地)は、16進数で表します。当時はTK-80で、時計だとか野球ゲームとかを自分で打ち込んで遊んでいましたが、813E番地の命令へのサブルーチン分岐は、CD，3E，81(CDがCALL命令の機械語)，8175番地のメモリ内容をAレジスタに読み込むときには、3A，75，81(3AがレジスタAへのLD命令の機械語)と、0～Fまでの16進キーで打ち込んでいたわけです。その中に、DEレジスタの指すメモリ番地からレジスタAにメモリ内容を読み込む命令というのがあり、DEレジスタに81EFが入っていたとすると、1Aという機械語の命令をCPUが実行すると、81EF番地の内容がAレジスタに入ります。このDEレジスタの動作が、C言語のポインタです。

　機械語で一々打ち込むのでは大変だということで、機械語を命令に読み替えるアセンブラが作られたのですが、アセンブラでも労力がかかり大変だ、ということで、より人間的な言語でプログラミングするために、C言語が考案されました。なので、C言語の中にアセンブラの影響が残っています。ポインタだけでなく、if文、while文、goto文、関数の配列などもそうです。CPUが読み込んでいる機械語命令の並びが、1A，･････，03，1Aとなっていると、81EFとなっていたDEレジスタの指す番地からAレジスタにデータを読み込み何らかの処理を行って、03でDEレジスタを1増やして81F0とし、次の1Aで、81F0番地からAレジスタにデータを読み込む、という具合に、CPUは処理を進めて行きます。これを、C言語では、

と表現するのです。最初に変数pc1にアドレス81EFをセットします。次の*pc1は、pc1の指すメモリ・アドレスの内容を示します。a = *pc1とすると、pc1ではなく、pc1の指すメモリ・アドレスのデータを変数aに持ってきます。*pc1++となっているのは、変数aにデータを入れた後で、pc1を1だけ増やす(インクリメント)ことを意味します。pc1の内容は1増えて、81F0になります。さらにa=*pc1とすると、pc1の指すアドレス81F0番地からデータを取り出して変数aにセットします。このpc1がポインタです。

　aは1バイトのデータ、pc1は文字データの位置するアドレスなので、事前に、

と宣言されているはずです。pc1は1バイトの文字データを保持するわけではないので、char pc1;とはなりません。1バイトの文字データの入っているアドレス、というときに'*'が付きます。pc1の指す先にchar型データが位置する、と読んでください。64bit CPUの場合、アドレス指定には8バイト要するので、pc1の内容は8バイトのメモリに収納されます。

　テキスト・ファイルの内容を読み込んで、文字列を1バイト(1文字)ずつ読み込んで解析を進めるとします。例えば、

と宣言したとします。strが文字列であることを示すために、[]をつけてchar型データの配列であるかのように宣言します。配列は通常はarray[3]のように要素数が3であることを明示するのですが、要素数が明確でない場合には要素数を省略して[]とします。ここでは、文字列strは"abcd"という4文字の文字列です。strには文字列の先頭アドレスが入っており、strの指す先には文字列の先頭の'a'がいるので、strの型はchar *です。

　strは、文字列の長さを保持していません。JavaScriptでは、冗長にしてでも文字列の長さを文字列オブジェクトのlengthプロパティに保持するのですが、メモリ節約をモットーとするC言語処理系では、文字列の長さという情報を保持しません。代わりに、文字列の末尾を0にする、という約束があります。これがC言語の基本です。なので、

というプログラム(5個めのprintfのc1:の後ろが、%c(文字出力)ではなく、%d(数値出力)であることに注意)を組んで動作させると、画面に、

と表示します。文字列strの最初の文字は'a'です。pc1は文字列strの先頭、'a'の位置を指していてffffcc1b番地(64ビットアドレスなので、00000000ffffcc1b番地です)を指しています。pc1を1ずつ増やしながら、c1 = *pc1;として、pc1の指す番地からデータを読み出すと、c1には、'b'，'c'，'d'と入ってきますが、'd'の入っているffffcc1e番地の次、つまり、先頭のffffcc1bから5バイト目のffffcc1f番地には0が入っていることが分かります。

　整数の配列で同様のことをやってみます。例えば、

と宣言し、整数型を格納する配列ar1をar1[0] = 1，ar1[1] = 2，ar1[2] = 3となるように初期化し、整数型データへのポインタpi1を用意します。

というプログラムを動作させると、

と表示します。ar1は配列が置かれているメモリ上位置の先頭アドレスを示します。pi1 = ar1とすると、pi1に配列の先頭アドレスが入ります。x1 = *pi1として、pi1の指すアドレスから整数値をx1に取り出すとx1はar1[0]の1になります。ここで、pi1++，x1 = *pi1として、pi1の指すアドレスから整数値をx1に取り出すとx1はar1[1]の2になります。pi1はインクリメントしたはずですが、ffffcc08になっていて、4増えています。なぜ4増えるかと言うと、整数型のデータは4バイトを占有するからです。つまり、文字型へのポインタpc1ならインクリメントすると1増えるのですが、整数型のデータへのポインタpi1ではインクリメントすると整数型のデータのサイズ4増えるのです。

　1つのデータに8バイトを占有する倍精度実数型のデータへのポインタであれば、インクリメントすると8増えます。だからこそ、配列のデータへのポインタを1つ進めると、配列の次のデータを指すようになるのです。メモリ上でデータがどのように配置されるかということをしっかり理解することがC言語をマスターする条件です。

　さて、ここで注意しなければならないことがあります。上記のpi1というポインタを仮に、pi1 += 4として4進めると、ffffcc0cだったpi1は、整数型のデータ4個分進んで、ffffcc1cになります。ここで、*pi1 = x1として、整数型変数x1に入っていたデータをpi1の指すアドレスに入れるとどうなるでしょうか？ffffcc1cには、文字列str = "abcd"の'b'から末尾の0が入っていましたが、当然この4バイトのデータは壊れます。この後で、'd'を取り出そうとして、c1 = str[3]としても、pc1 = str + 3，c1 = *pc1としても、この位置のデータは壊れているので、c1には'd'は入りません。

　C言語では、正しいプログラムc1 = str[3]を記述しても、正しい結果にならない、ということが起こり得ます。これが、C言語のプログラムのデバグを難しくさせている原因です。PythonやJavaScriptでは、配列の大きさを越える添字を配列に指定するとエラーになりますが、C言語では、配列の要素数が3である整数型の配列ar1で、ar1[7] = 3としても、別の文字列のデータを破壊するのにエラーにはなりません。C言語では、配列の添字やポインタの指すアドレスが配列の存在する位置をオーバーランしないかどうか、をしっかり自己管理することが求められます。ar1[j] = 3とする前に、添字jが0以上3未満であることをプログラマが自分で確認する必要があるのです。

　C言語には、標準入力(キーボード)から入力するgets()という関数があります。プログラマが、16バイト以内で名前などを入力してもらおうと思って、

としたとします。画面に、「16文字以内で名前を入力してください：」と表示して入力待ちになるのですが、16文字内で「青木一郎」(全角文字4文字なので、半角文字8文字分のメモリを占有します)と入力してくれれば問題ないのですが、16文字以内、という指定をユーザーが守ってくれる保証はどこにもありません。ユーザーが、

と入力して[ENTER]を押した段階で、文字列領域nameの後ろ側が壊れて「データが壊れています。」と表示されてしまいます。文字列領域nameの大きさを16ではなく、1024くらいに大きくしたら、と思うかもしれませんが、これをインターネット上でやると、1時間もしないうちに、延々と何百万バイトのデータを送り付けられてクラッシュします(Dos攻撃と言います)。よく、どこそこのサイトがダウンした、というニュースが流れますが、対策が不充分なサイトでは、こうしたことが起きているのです。

　ということで、C言語はダメじゃないのか、と言われ、高校の標準教材としても採用されないのですが、だからこそ、高校生にとってC言語は最適な教材なのです。以上のメモリ管理上の問題点は、高校生にも非常に分かり易く、どうやって対策したらいいか考えさせる絶好の例題です。配列を操作する際は、配列の添字のチェックを厳密にしよう、とか、gets()関数を使うのではなく、標準入力に対してgetc()関数を用いて、1文字ずつ入力させ、16文字入力したらそこで終了させる、とか、高校生自身に考えさせることによって、インターネット上に蔓延するハッキングに対応する人材を養成することができると思います。

　ここで、C言語におけるメモリ操作について考えてみます。大きな配列、例えば、1024×1024の整数型の配列を確保するとき、2つの方法があります。1つは、グローバル領域で、

と宣言するか、malloc()関数を用いて、

とするか、です。sizeof演算子は、sizeof intとすると、整数型データ1個分の大きさ4が得られます。上記では、カッコを付けて書いています。sizeof(int *)は、整数へのポインタのサイズで64bitCPUでは8です。前者の場合、ar2はsizeof(int)×1024×1024バイトの領域の先頭アドレスを保持しています。ar2の型はint **です。メモリ空間上で、整数型のデータは、ar2[0][0]，ar2[0][1]，ar2[0][2]，･･･，ar2[0][1023]，ar2[1][0]，ar2[1][1]，･･･，ar2[1][1023]，ar2[2][0]，･･･，ar2[1023][1023]という順に並びます。ar2[i][j]のデータが位置するメモリ・アドレスは、ar2 + (i×1024 + j)×sizeof(int)です。

　2次元配列をmalloc()関数を用いて実現する場合には、上記後者のように、2段階に分けて考えることになります。ar3をmalloc()関数を使って確保したいわけですが、配列をar3[i][j]としてアクセスするためには、まず、ar3に1024×sizeof(int *)バイトの領域を確保し、ar3[0]に、ar3[0][0]～ar3[0][1023]の1024×sizeof(int)バイトの領域(malloc()関数で確保します)の先頭アドレスを設定し、ar3[1]に、ar3[1][0]～ar3[1][1023]の1024×sizeof(int)バイトの領域の先頭アドレスを設定、という具合にして、ar3[1023]には、ar3[1023][0]～ar3[1023][1023]の領域の先頭アドレスを設定します。ar3[0]の指す先には整数型のデータar3[0][0]が位置するので、ar3[0]の型はint *です。ar3の指す先には整数型のデータへのポインタar3[0]が位置するので、ar3の型は、整数型へのポインタのポインタ、つまり、int **になります。

　一気に、ar3 = (int **)malloc(sizeof(int) * 1024 *1024)としても、ar3[0]に適切なアドレスが入っていないので、ar3[0][0]に書き込もうとすると、恐らく、無意味なアドレスに書き込むことになり、Segmentation faultを起こして実行停止してしまいます。実行継続したとしても、運が良かったということであり、内部的には障害を抱えていて動いているように見えるだけなので、充分に注意してください。

　グローバル変数とローカル変数についても述べておきます。グローバル変数は上記の配列の例、malloc()関数で確保する場合も含め、プログラム起動に当たって、システムから割り当てられるメモリ空間に、データが置かれます。プログラム実行中に常に存在しているので、デバガgdbで容易にデータの動きを追うことができます。ところが、関数内にスコープが限定されるローカル変数は、スタック領域というところにデータが置かれていて、本質的にグローバル変数と異なります。

　例えば、以下のように、main()関数が、関数func1()を呼び出しているとします。

上記では、グローバル変数globaldataは、グロ－バル領域に置かれます。main()関数の中からも、func1()関数の中からもアクセスできます。デバガgdb中でも、いつでも数値を確認することができます。gdbでウォッチポイントを設定すれば、数値の変化を検出することもできます。

　CPUはスタックポインタと呼ばれるレジスタを持っており、関数呼び出しのときのデータのやりとり、戻り番地の確保に使われています。main()関数からfunc1()を呼び出すとき、まずCPUは、関数の引数となっているデータ、変数bの値と、変数pcの値をスタックポインタの指す位置に格納します。スタックポインタが2進みます。次に、func1()を呼び出す命令の次の命令が置かれているアドレス、つまり戻り番地(プログラム・カウンタと呼ばれるレジスタが、実行中の命令の存在位置を保持しています)をスタックポインタの指す位置に格納します。スタックポインタは1進みます。次に、プログラムカウンタに関数func1()のアドレスを設定します。これでfunc1()の先頭に制御が移ります。func1()の最初で、スタックポインタの指す位置+2と、スタックポインタの指す位置+3からデータを取り出し、引数aと引数pに設定します。その後、関数の先頭で宣言されている、変数k，変数m，変数c1，変数c2，変数c3を記憶するメモリをスタックポインタの指す位置に確保します。ローカル変数のデータはスタック領域に置かれるのです。func1()の処理を終了して戻るとき、戻り値をスタックポインタの指す位置に格納し、スタックポインタを1つ戻すと、スタックポインタは、func1()を呼び出す命令の次のアドレスを指しており、これをプログラム・カウンタにセットすると、制御がfunc1()を呼び出した命令の次に戻ります。CPUは、戻り値を変数retにセットし、スタック・ポインタを1つ戻して処理を継続します。戻った時点で、スタックの内容がどうなるかは分かりません。別の関数を呼び出せば消えてしまうかも知れません。消えてしまえば、デバガgdbで追うのは不可能です。

　C言語では、デバグを容易にするためには、どうしてもローカル変数にする必要がある場合を除き、極力グローバル変数にするべきです。ローカル変数にしてしまうとその関数内を見ているときでないとデバガで追うのは不可能です。グローバル変数は、デバガgdbでウォッチポイントに指定しておけば、その動きを容易に追うことができます。

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